2009年10月10日

バルセロナ その3


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9/3は風邪で調子悪いので街歩きより電車で遠出しようと、RENFE(国鉄)でややフランスに近いフィゲラスという町に行った。

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フィゲラスはダリの故郷で、本人が作ったダリ美術館がある。
それ以外大した物はない。そのダリ美術館だが、展示物は面白いが人が多くて辟易する。観光客で混雑する美術館は落ち着かない。短期間の旅行なら、時間をかけて行くよりは外してもいいと思う。
とはいえ電車から眺める田舎の景色は楽しい。ヨーロッパの電車はみな窓が汚いのが残念。座席はきれいにしてあるのに。

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帰りの電車はよく眠れて少し元気になった。この日の夕食はスペイン広場近くの鶴城酒家の中華料理にした。ここは安くて美味い。空心菜の炒め物や餃子など安心して食べられ、2人で€20くらいだった。白飯はややパサパサしていたが、それ以外は満足。

9/4は再び市内観光。グラシア通りでお土産を買ってから、カサ・ミラとカサ・バトリョというガウディの建築を見る。建物の中は全て曲線で、外光の使い方が美しい。入場料を取られるがお勧め。

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La Ritaでランチを食べてから、ランブラス大通りへ。脇に大きな市場があり楽しい。ゴシック地域は古い街で、道も迷路のよう。カテドラルは古くてかなり立派な建物で、屋根の上の足場に登って景色を楽しむことが出来る。サグラダ・ファミリアより落ち着く感じがした。

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この日も一旦ホテルに戻り、夜に再び出かけ、オリンピック港の近くのMarina Moncho'sで赤ちゃんイカのフライやパエジャなどを食べた。baby squidはホタルイカに似ているが、本当に美味い。食べ過ぎて動けなくなってしまった。

さて夕食後、夜9時過ぎであるが、店を出ると近くに止まった大きなバスからビキニ水着姿の女の子が大勢降りて来て、海岸に向かって走って行き、キャーキャー言いながら海の中に入って行った。30人位だっただろうか。ロケかと思ったがカメラは見当たらず、顛末を見届けたかったのはやまやまだが、そのまま立ち去ったため分からずじまいである。

翌朝、7時頃のまだ暗い中、帰りの空港に向かった。

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バルセロナ その2

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9/2はメトロでスペイン広場まで行き、カタルーニャ鉄道(FGC)に乗り換える。心臓学会の参加者が大勢いて混んでいた。夜のエアコンのせいで喉が痛い。今日の行き先はモンセラットだ。

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その前に途中で降りてコロニア・グエルに向かう。無人駅から地面に青色に塗られた足跡に沿って歩いていけばよい。田舎町の風情だ。
しかし目標の教会が見当たらない。ここで大きな勘違いをしていた。ガイドブックに載っているガウディの教会が目的地だと思っていたのだが、コロニア・グエルは住宅地や工場、教会など、計画して作られた町全体のことだったのだ。この日は日差しが強くて暑く、適当に切り上げてモンセラットに向かった。

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巨大な岩山のようなモンセラットは、ロープウェイかケーブルカーで修道院まで登ることが出来る。それぞれ乗り換え駅が違うので注意が必要だ。最初に切符の自動販売機で英語でケーブルカーを選んだはずが、切符にはスペイン語でロープウェイらしい表記があり不安になる。やはりケーブルカーには乗れず、切符は追加で買い直した。
モンセラットの景色は素晴らしい。バルセロナに行ったらここまで足を延ばさないと勿体ない。こんな山の上によく修道院を作ろうと思ったものだ。下から歩いて登るなんて想像したくない。

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食堂で軽食を取ったが、昨日から感じていた違和感を改めて認識した。メニューはみなカタランで、スペイン語じゃない!
バルセロナ市内の地名はみなカタランになっているが、注意書きなどはカタラン/スペイン語併記が多い。事情を知らない旅行者は戸惑うかもしれない。
モンセラット修道院は、フランコ独裁下でも早くからカタラン出版物を作り始めたらしい。ここはカタルーニャの聖地なんだなと思った。

この日の夜は、サンタ・カタリーナ市場にあるCuines Santa Caterinaという店でパエジャやイベリコ生ハム、ムール貝などを食べた。寿司や味噌汁、中華などもあって賑わっている。スペイン料理は、やや塩辛いものが多いこと以外は文句ない。風邪をひいたようで、ふらふらしながらホテルに戻った。
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バルセロナ その1

今年も夏休みが取れることになった。ベトナムに行ったばかりで迷ったが、未だ訪れたことがないスペインに行くことにした。あまりスペイン的ではないかもしれないが、一ヶ所選ぶとすればバルセロナだ。
ちょうど日程が欧州心臓学会と重なって、ツアーの飛行機とホテルの予約に苦労したが、なんとか確保。しかし出発が認定医試験の翌週で、あまり予習が出来なかった。

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8/30にフィンランド航空を使い、ヘルシンキ経由でバルセロナに向かった。空港に到着したのは夜8時頃だったが、まだ空は薄明るくバスでカタルーニャ広場へ。地元のPans & Companyというファーストフード店で夕食を済まし、メトロでホテルへ。4号線のLlacuna駅とPoblenou駅の中間くらいだったので、Llacuna駅で降りたがこれは失敗で、人気の少ない工事中ばかりの不気味な道を歩いてホテルに辿り着いた。こんな辺鄙なところかと内心不満だった。

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翌朝Poblenou駅までの道は並木道で、人も多く歩きやすいことに気付く。
どんより曇っていたが、涼しくてラッキーだ。まずはメトロでサグラダ・ファミリアに向かう。観光客で一杯だ。エレベーターで昇ると市内が広く見渡せて気持ちいい。8月は工事が休みらしく、翌日から騒音で声が聞こえなくなると、どこかのツアーの英語ガイドが言っている。寄付は少なく入館料で工事を進めているらしいが、あと数百年かかるという噂より早く、2020年頃に完成するとかそんな話だった。工事中だからよく分からないが、古い大聖堂のような荘厳な雰囲気はない。古くもなく、現代的でもない、不思議な建物だ。ここでミサをするようになるのだろうか。やはり完成した暁に見てみたいものだ。

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サグラダ・ファミリアの次はグエル公園だ。メトロで少し移動した後、通りがかったUgaritというシリア料理の店に入る。クスクスがうまい。美味しい店はたくさんありそうだ。その後バスでグエル公園に。公園の入口にトカゲの着ぐるみおじさんがいる。有名なトカゲの噴水だ!ここは入場無料で、ガウディ関係では一番お勧めの場所だ。中には山や丘がありバルセロナの街が一望できる。公園の中は広くて簡単には歩き尽くせない。
ここで雨が降り始めた。疲れもあり、一旦ホテルに戻ることにした。

バルセロナの夜は遅い。夕食を取ろうにも店が開くのは夜8時半位からだ。
この日は、夜7時頃にまたホテルを出て市内へ向かい、La Ritaというビストロで夕食を取った。スペイン料理だかフランス料理だか分からないが、美味しくて納得。食後のエスプレッソもよい。そういえば、バルセロナのスターバックスその他のカフェでもカフェラテなどあまり美味しくないのだが、エスプレッソは別。
夜遅くなると治安を心配していたが、旅行中スリなどは見かけず、パリなんかより安全な印象だった。
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2009年05月09日

ベトナム 完結編


帰国する時、やたら検疫がうるさいなと思っていたが、日本では豚インフルエンザのニュースで持ち切りで驚いた。情報から遠ざかっていたため、箕輪はるかの結核のニュースくらいしか知らなかったのだ。
私はホーチミン市滞在以来咳が続き、相方はウイルス性腸炎になり体調はよくなかったが、インフルエンザらしい発熱などは見られず、大きな問題はなかった。

新婚旅行にベトナムを選んだのはあまり良くなかったかもしれない。でも私は少し位苦労する程度の旅行が楽しいと思う。行ってみるまで分からないんだから。
ツアーの都合でハノイに行けなかったのが残念で、フエ、ダラット、ニャチャンなども訪れてみたいところだ。
ツアーじゃないとナムハイには泊まらなかったと思うので、空港への送迎もあったし、今回はこれでよかったと思う。

ベトナムでは、ホイアンとナムハイは文句なしにお勧めである。
ただしナムハイには日本語がまともに話せるスタッフがいなかったので、英語が全く分からないと厳しいと思う。金持ちヨーロッパ人がターゲットのようである。


ホーチミン市は、、微妙だ。なぜあれほどまでバイクが多いのか。
もはやシクロなど乗っていられる道路状況ではない。映画で見た10年前のサイゴンからの変貌ぶりに驚いた。
ホーチミン市を車で移動するとやたら広くどこまでも都会であり、観光客の少ない地域も活気に満ちていて楽しそうだ。
しかし気ままに街歩きできないようでは、観光の楽しみの大部分が失われてしまう。現地の人も歩かず、先に目標を決めてバイクで移動するのだそうだ。
これから20-30年かけて、地下鉄や新幹線を整備していくとのこと。
いつか散歩の楽しめるサイゴンを訪れてみたい。バイクと電線がなければ美しい街だと思う。

ベトナムではドンとドルの二重通貨が成り立っている。英語教育も盛んで、あれだけの戦争をしたにも関わらず親米的なところは、日本と似ている。
現地ガイドはベトナムで人気のあるスポーツはサッカーとテニスで、フランスの影響を受けているからと主張していた。フランスに対する憧れは根強い印象だ。アメリカのことは少し軽んじる傾向があると思った。
逆に中国語は人気がないとのことで、対中関係については南沙諸島問題を挙げて非難していた。似た部分のある隣国は受け入れられないというのは、よくある構造であろうか。

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ベトナム その8

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ベトナム最終日。

今日は夜0時過ぎの飛行機で帰国予定。
朝にホテル近くのアンドン市場を覗いて来てから、チェックアウトし、荷物を預けて再びサイゴン中心部に。
朝からずっと雲行きが怪しく、雨が降っても避難できるよう、エデンモールや国営百貨店など同じようなところをぶらぶら。

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昼食はフォー24でコムタムをいただく。しまった、ここはフォーの方が美味い。

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ドンコイ通りにあるスアントゥ書店には、英語、フランス語、中国語、ベトナム語の本があり、かなり充実している。
特に英語の本はオックスフォードやケンブリッジの本など、発展途上国価格なのか日本よりかなり安く買える。ここで売られているのは違法コピー本ではなかった。

そろそろ手持ちのドンとドルが共に底を尽きて来たため、夕食を安く済ませようとサイゴンラウンジで相談し、パンで有名なニューランでバインミーとゴイクンを食べた。ここは安くて庶民的なのに、比較的小ぎれいで味は本格的だ。
麺料理なども充実していて、もっと早く来ればよかったと後悔。

夜はウィンザープラザホテルに戻り、現地ガイドに連れられタンソンニャット空港に向かった。
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ベトナム その7


ベトナム7日目。

ウィンザープラザホテルは中国人宿泊客が多く、子供がうるさい。
しかも改装中のようで、朝から工事の音でゆっくり眠れない。
部屋は悪くないのだが、エレベーターの待ちが長く朝食に行くだけで疲れてしまう。サイゴン、チョロンの中心部からも遠く、これで5つ星というのは納得がいかない。

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朝食後、リムジンでサイゴン中心部に出て、土産物を探す。
途中、路上市場にバイクでドリアンを売りに来ているおじさんを発見し、寄っていったら、市場のおばさんからも勧められ購入(2万ドン=120円くらい)。その場でドリアンを切って中身をプラスチック容器に入れてくれる。
中身のほとんどが大きな種で、周囲にねっとりした果肉が薄く付いている。臭いのは確かだが、クセがあるのは逆に長所なのだろう。

昼食はエデンモールの2階のフードコートで、ベトナム料理の定食とタイ料理のトムヤムクンなどを食べた。味は悪くない程度。

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国営百貨店のハイランズコーヒーに入ったが普通のカフェらしいメニューだ。伝統的なベトナムコーヒーは一応あったが、もう流行らないらしいし、チェーはメニューにない。

いろいろ店を回った印象は、日本で常用するものを買うには、それなりに高い店で買った方がいいものがあるということ。面白くないけどね。

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夕食は、アシマというキノコ鍋の店に入った。キノコの種類が多すぎて英語メニューを見てもチンプンカンプン。味はまあまあ、とりあえずヘルシーな印象。
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ベトナム その6

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ベトナム6日目。

ナムハイは2泊なので、もうサイゴンの喧噪に帰らなければならない。
早朝起き出して一人で海岸に。日の出が美しい。
現地の犬と子供が海岸を走っていて微笑ましい。
一寸法師のような舟で漁をしているのは驚き。
相方を起こしてくればよかった。。

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再びダナン空港からホーチミン市へ。
今度のホーチミン市では5つ星のウィンザープラザホテルに2泊の予定である。
ウィンザープラザホテルは5区のチョロンの端の方にある。

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チョロン中心部までも少し距離があるが、歩いて出かけることに。
道端の屋台でベトナム語でバインミーが買えたことに気を良くして、どんどん歩いていったが、なかなかたどり着かない。
やはりホーチミン市内は歩くものじゃない。
相方が気分不良を訴え、ホテルまでタクシーで戻ることになった。

夕食はホテルの目の前にあったフォー24というチェーン店に入った。
店員の応対もサービス満点で、清潔そうである。
ここのフォー、、フォーボーもフォーガーもとても美味いよ。沢山店あったのに、どうしてもっと早く入らなかったんだろう。

ホテルから1区のサイゴン中心部は遠いので、フロントに交通手段を聞いたらリムジンの時間を教えてくれた。
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ベトナム その5

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ナムハイ2日目。

午前はホテルのプールと海で遊ぶ。
高級リゾートだけあって、プールサイドの子供達も大人しい。
プライベートビーチのはずだが、どこまでがナムハイのビーチで、どこからが漁村の浜なのか分からない。波がやや強いためか海岸には見渡す限り人影はまばらである。海には漁船しかいない。一人で泳いでいたら、他のカップルも海に遊びに来た。
海はちゃんと監視されていないので、完全に自己責任で泳がなければいけないようである。
でもやっぱり海は最高。こんなに広いビーチを独り占めのような気分になれる。

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午後はホテルのスパでエステを申し込む。かなり深くマッサージをしてくれた。私を担当したのはタイ人の男性で、タイ式マッサージじゃないの?と思ってしまった。タイ料理のカオ・パッ・ガパオ・ムーが好きだと言ったら、少し驚いて喜んでくれた。

夕方はまたホイアン市内に。
ガイドブックに、知る人ぞ知ると載っていたバーブォイというコムガー(鶏ご飯)の店に入る。何も聞かれずコムガーが出される。他にメニューはないのだ!ここのコムガーは絶品。味付けも鶏肉も絶妙で、それに見たことのない香草が載っていて、この香草の何ともいえない香りと食感がここのコムガーを完璧なものにしている。店の人は英語が出来なかったが、ベトナム語の数字を覚えて行ったのがここで役に立ち、スムーズに会計が出来た。

ここに味をしめて、すぐそばのズンという店にもう一度入りコムガーを食べたが、普通でがっかりした。若い女の子の店員は英語が話せるが、出て来たコムガーには香草が乗っていなくて、なんとか追加でパクチーを頼めたものの、最初の店には及ばなかった。食べ過ぎ。。

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ホイアンの夜はランタンが美しく、トゥボン川沿いでは何か催しがあり、お祭りのような歌が聞けて楽しかった。
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ベトナム その4

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4日目はホーチミン市を離れ、タンソンニャット空港よりダナンに飛んだ。

ダナンはベトナム中部にあり、ホーチミン、ハノイに次ぐ第3の都市である。
そこから現地ガイドの車でホイアン近くのリゾートThe Nam Haiに向かう。
ダナンの海岸はリゾートとカジノの建設ラッシュである。海岸沿いの塀が一般人を海に近づけなくしているのが少し寂しい。
ダナンは南ベトナム時代の米軍基地が有名だが、跡地は使っていないとのこと。
途中、五行山の麓の大理石工場に寄った。こんなところにヨーロッパやアメリカから大理石像の注文が来ているのには驚いた。

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ナムハイは素晴らしい。フロントからプールと海岸が見わたせ、いきなり別世界に来たかのようである。部屋は1軒ずつヴィラになっていて、凝った内装だが落ち着いた雰囲気に仕上がっている。こんなところに1ヶ月滞在したら社会復帰できなさそうだ。

ナムハイからはホイアン市内に1時間に1本のリムジンが出ている。
ホイアンはベトナム戦争での破壊を免れた古い街で、鎖国前の日本人商人が行っていたとのことである。古い中国商人の建物が多く、中国とベトナムのどちらともつかない雰囲気の街である。交通制限により、車やバイクがあまり入って来られないので、のんびり歩き回ることができる。
外人観光客が多く、観光客向けの店が多い。フランス人が多い印象だった。

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この日はワンルーという店で、ホイアン名物カオラウという麺とホワイトローズというワンタンを食べた。味はそこそこで、観光地名物以上でも以下でもない印象。
その後カフェで食べたココナッツアイスは美味しく、市場でバインミーを買ってホテルに戻った。
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ベトナム その3

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3日目は、旅行会社に申し込んでいたメコンクルーズの日である。

日本人グループ3組を乗せたワゴンカーで、ホーチミン市を出て国道1号線をミトーに向かう。ミトーはメコン河畔の街で、ここから中洲の島に船で渡り、養蜂場やココナッツ飴工場などを見学して、小舟でジャングルクルーズを楽しむ。そのあと定番らしいレストランで昼食に象耳魚をいただく。悪くもないけど、あまり工夫もない店という印象。安いツアーで楽しめる範囲はそこそこである。
ミトーでは白いアオザイの女子校生の自転車の集団をやっと見かけた。そう、この日は月曜日だった。

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午後にはホーチミン市のホテルに戻った。これまで歩いた範囲では屋台を見かけない。ドンコイ通り周囲はなさそうなので、ベンタイン(ベンタン)市場に出かけた。店の数が多いのはいいが、日本語でやたら声をかけられて面倒だった。
市場を出て、そばの屋台で飲むサトウキビジュースがうまい。やはり暑くて喉が渇く。近くの公園は多くの人の憩いの場のようで楽しい。チェー屋を探して歩き回り、少し足を延ばして、チェーミーという店に入る。ミーというのはアメリカという意味だが、ここのチェーがどうアメリカンなのかは不明。しかし英語メニューもあり、味はかなり美味。庶民的な店なのに、甘すぎず抑制の効いた繊細な味がいい。ホテルから遠いのが残念。

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夕食は、おかずを選んでご飯と一緒に食べる屋外の店に挑戦。店の前で困っていたら、日本語の分かる客がやってきて勧めてくれたものを注文。魚の甘辛煮付けなど、日本の定食屋とあまり変わらないものが多い。

ここまでの印象では、ベトナム料理を現地で食べるとそこそこ美味しいところが多いが、ここはすごいという印象はあまりない。やはり店を選ばないといけないということがだんだん分かってくる。

そして相方はこの翌日頃から腹の調子が悪くなる。私は何ともなかったが、外で摂った水か食べ物に問題があったかと思われる。
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ベトナム その2

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2日目は、朝からホテルの近所を散歩するが、チャンフンダオ像のそばで日本語を話すバイクタクシーのおじさんに声をかけられ、市内観光に連れてもらうことに。旅行会社からもバイクタクシーは危険と注意されており、ボラれるのは仕方ないとして、交通安全面では完全に自己責任である。排気ガスに参っていたので道端のマスクを買ってもらって、ヘルメット着用でバイクの後部座席に。

サイゴン大教会、中央郵便局の前で写真を取り、戦争証跡博物館、チョロン(中華街)の天后宮を訪れる。さらにチョロンのビンタイ市場でアオザイをオーダーしたりしてから、近くのコーヒー店でベトナムコーヒーやお茶を土産に買うが、これが結構高いのをつかまされた。全て結託しているのは分かっているんだけど。

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朝からバインミー(フランスパンのサンドイッチ)を食べたいと言っていたが、バインセオ(お好み焼き)を勧められ、庶民的なバインセオ屋に連れて行かれる。具がやや少ない気がしたが、一緒に食べる香草や葉っぱの量が半端ではない。野菜好きとしては満足である。

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午後はクチトンネルに車で連れて行ってくれるという。渋って値段交渉して結局行くことに。日本語を話せない別のおやじの車に乗り換える。
クチトンネルはホーチミン市郊外の林の中にある、昔のベトコン地下基地を観光地化したところである。ホーチミン市を一歩出ると、田園やゴム林が広がりほっとする。
クチトンネルに着くと、まず反米的なベトナム戦争の記録映像を見せられる。日本語版が用意してあった。そして日本語の話せるガイドがやってきて、各種トラップや仕掛け付き落とし穴を連れて見せてくれる。トンネルの中を中腰で移動するのはかなりハードで息が切れ、筋肉痛になってしまった。
プロパガンダ的宣伝が気にならなければここはお勧めである。

この日は疲れと、夜に雨が降って来たため、夕食はホテル近くのブンボーフエで済ませた。ブンボーフエはちょっと辛い麺である。味は悪くない。
しかしその後、バミゾンというバインミーを出すファストフード店で、バインミーをさらに食べてしまう。香草が効いていて日本では売れそうにないが、これが結構いける。食べすぎだ。。
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ベトナム その1

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4/18から8日間ベトナムを新婚旅行で訪れた。

タンソンニャット空港に着いて外に出ると、まず35℃の異国の熱気に包まれた。現地ガイドの送迎でホーチミン市のリバーサイドホテルへ。サイゴン河畔で、マジェスティックホテルのすぐ近くとロケーションはよいが、古くて安い三つ星ホテルで、一部使われてない部屋などもある。部屋の中の雰囲気は悪くない。窓がないのが残念。

まずは観光客向けのショッピング街であるドンコイ通りを通って、現地日本語情報誌のSKETCHを入手後、エデンモールの中のサイゴンラウンジへ向かう。ここでは、ツアー客のことを把握しており、日本語で観光案内や現地ツアーの紹介などのサービスが受けられる。もう夕方だったので、2人で全身エステに行くことに。2人で3時間120ドルくらい。ここもみな日本語を話してくれる。全て現地旅行会社と結託(提携)しているようだった。

ソフトながら時間をかけたエステに満足後、お店の人の勧めでクアンアンゴンというベトナム料理の店へタクシーで向かう。
フォーやゴイクン(生春巻)などの人気料理は全て売り切れで、とりあえずミー(小麦麺)など適当に頼むが、味はみな合格点で、遅い時間に行ったのが悔やまれる。

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しかしここからホテルまで歩いて帰ろうとしたのは間違いであった。
ホーチミン市にはバスが少しあるものの、その他に公共交通機関はなく、市民はみなバイクで移動している。街中に排気ガスが充満し、歩道には障害物だらけで歩きにくい。信号は部分的にしか守られず、歩行者が道路を横断する時は、バイクの海の中を一定速度で強引に横切って行けば、適当にバイクが避けてくれるという恐ろしい状態だ。ただしこれは慣れると、他の観光客が困っているところを、平然と渡って行くのが快感になってしまった。
私は初日から排気ガスに喉をやられ、翌日以降咳に悩まされることになる。

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2008年09月26日

クロアチア

9月の始めに1週間、クロアチアのドブロブニクで夏休みを過ごした。

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初日はロンドン経由でウィーンに1泊し、翌日ドブロブニクに入り4泊、再びウィーンに戻って1泊し、ロンドン経由で帰国というかなり無駄なフライトの多い旅だった。

半日ずつしかいられなかったウィーンでの観光は、シュテファン大聖堂あたりしか楽しめなかったが、旧市街の古い町並みや建物は魅力的だ。プラハに比べるとやや雑然とした印象だが、西側資本主義の毒々しさはそれほど感じられない落ち着いた街である。夜遅くなるとうるさい若者が増えてきて鬱陶しかった。ウィーンミッテ駅近くの書店に入るとドイツらしい文具が揃っていて、見ているだけでも楽しい。

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ウィーンからドブロブニクへは飛行機で1時間半位で、時差なしである。ドブロブニク空港に着いても田舎で周囲には何もない。そこからシャトルバスで旧市街に向かうと、海沿いの山道から絶壁の下の青い海や島々、そして城壁に囲まれたドブロブニク旧市街が見えてくる。

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ドブロブニクは観光以外は漁業や農業くらいしか主要産業がなさそうであるが、ヨーロッパ中から観光客を集めており、ピレ門から旧市街に入ると人でごった返している。この時期、昼間は日差しが強く暑い。30℃以上。アイスの店がそこら中にあり、とりあえず美味い。アイス店の女の子は、英語、フランス語、クロアチア語など3〜5ヶ国語は平気で使い分けて話している。ミネラルウォーターのペットボトルは必須。物価は日本と同程度に高い。観光客はほとんどヨーロッパ人で、アメリカ人もあまり見ない気がした。アジア人は少なく日本人をちらほら見かける程度。ここはドイツやフランスに近くバカンスに手頃なのだ。

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旧市街の見どころは、ほとんど土産物店だが中世の趣のある街並、踏みならされてツルツルピカピカになった大理石の石畳、カトリックの教会や修道院、正教会にシナゴーグ、旧港、城壁の上を一周する散歩など。

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人が少なく涼しい朝のうちに観光を済ませて、午後は暑いのでカフェでのんびり、夕方からまた観光するのがよい。夜は普通の店も8時〜9時など遅くまでやっており、飲食店は深夜までやっているようだ。観光シーズンはとことん働いて、その他の季節は遊んでいるらしい。食事は生ガキやムール貝、リゾットなど素材を活かしたシーフード料理がなんといっても美味しい。イタリア料理など料理の技術はそこそこといったところだ。安く済ますなら、地元のスーパーでパンとソーセージなどを買っても悪くない。

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旧市街を2日くらい歩き回ったあと、3日目は30分毎に船が出ている近場のロクルム島を訪れた。島の周囲はビーチになっており、深い青色の海は水が冷たくて気持ちいい。ビーチと言っても砂浜ではなく岩場なのだが、シャワーもあり快適である。島の端にはヌーディストビーチもある。

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4日目はドブロブニクを離れて日帰りバスツアーで、ヘルツェゴビナのモスタルを訪れた。英語とフランス語を話すバスガイドの同乗するバスに乗って4時間かけてモスタルに向かい、3時間現地に滞在して、また4時間かけてバスでドブロブニクに戻る。現地では1時間半現地ガイドが付いて、フリータイムは1時間半。スケジュールがきついのが残念である。

クロアチア・ボスニアヘルツェゴビナ国境には検問はあるが、ツアーゆえかパスポートも見せずにバスで素通りした。バス旅もクロアチアではアドリア海、ヘルツェゴビナに入ってもネレトバ川にそって内陸の山や畑の景色を楽しんでいるとあっという間だった。

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内陸のモスタルはドブロブニクよりさらにじりじりするような暑さだ。旧市街にはトルコ風の雑貨店が並び、全体的にヨーロッパっぽくない雰囲気が漂っている。ネレトバ川にかかるスターリモスト(古い橋)が町のシンボルで、橋を渡ってモスクやトルコ風の家に連れられる。現地ガイドから解散後、昼食にパンに肉とタマネギをはさんだチェバプチチという手頃な食べ物を食べて、ずらっと観光バスの並んだバスターミナルに戻ると自由時間はほとんどなくなった。ここはペットボトルの水もドブロブニクの半分以下の値段だ。お店や道端で見るムスリムの大半は、服装など外見ではクロアチア人と区別がつかない。言葉もほぼ同じはずである。観光ルートの外には瓦礫の様な廃墟が見られ、戦争の傷跡を物語っていた。物乞いが沢山いるのには閉口する。

次の日の午後に再びウィーンに出発、ウィーンでは夕飯をとったくらいで、翌朝にはロンドン経由で帰国の路についた。

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2007年09月24日

フィジー

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9月16日から6日間、フィジーで夏休みを過ごしました。

フィジーはニュージーランドの北の方に位置し、東にトンガ、西にニューカレドニア、北に沈みつつあるツバルなどの島国に囲まれた、南太平洋の交差点のようなリゾート地であり、ナンディ国際空港は南太平洋の玄関口と言え、人口16万人の首都スバは南太平洋一の都会となっています。

イギリス連邦の共和国であり、原住民であるメラネシア系のフィジー人が約55%、インドからのプランテーション移民であるIndo-Fijianが40%弱の人口構成で、言語は英語、フィジー語、ヒンディー語が話されています。
経済格差や民族間対立感情により、政情が落ち着かず、無血クーデターやイギリスの介入を繰り返しています。今回も9月6日から非常事態宣言が出ているが、首都スバから離れたナンディエリアやリゾートではそんなの関係ない、という印象です。ラグビーワールドカップの方がよほど重大ニュースなのでしょう。

フィジー到着初日に、Jet Fijiを体験。ジェットボートでナンディ川のマングローブ林の中をスピンしながら走ってくれます。かなり楽しんだものの、激しいスピンにメガネが水没… 他にメガネを持っていたからなんとかなったけど。こんな時こそ海外旅行保険が役に立つのか、とりあえず請求しました。

宿泊地は、ナンディエリアのリゾート地デナラウ島(島といっても細い川で隔てられただけ)。宿泊客の大半はオーストラリアかニュージーランドの家族連れ白人でした。ここは離島やクルーズ用の港があり、ナンディ市街にも出やすいため、初心者にはやさしいが、ナンディ湾の海は汚いので、ここはのんびりするより寝るだけで、毎日慌ただしいリゾート休暇となりました。下調べを怠ったツケか。

無人島1日クルーズは、朝から船で珊瑚礁の島に連れてもらい、1日ぼーっとして(シュノーケリングとかもやるけど)、夕方デナラウに戻る。こちらの海はきれいでお薦めです。本当は遠い島に泊りで行った方がよいらしい。

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夜はナンディ市街でインド料理やポルトガル料理などを食べました。バスマティ米を使ったビリヤニに大満足。ランチで食べた和食もちゃんとうまい。しかし、フィジー料理を食べていないぞ?
そこで小さな土産店のにーちゃん(オヤジ?)から、村の家で家庭料理で歓迎すると聞いて、お金を払ったのだが、他の店の親切な人からそれはsafeじゃないと聞いて、約束の時間には行きませんでした。海外旅行は難しいなあ。

土産店にもフィジー色の強いところと、インド色の強いところがあり、インド人はフィジー人は怠け者だとか、フィジー人はカレーはフィジー料理じゃないとか言っていて、ちょっと面白い。

ナンディ市街とデナラウ間の移動の基本はタクシーですが、途中全く街灯がなく車のライトのみ。晴れた日は満天の星空だけど、南十字星など全く分からず、日本でオリオン座なんて他に見えないから目に付くんだよね。
しかしフィジーは今乾期のはずなのに、夕方スコールのような雨に見舞われたり、天候がおかしいとのこと。世界的問題?

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あーあ、なんかバタバタしたけど、海はよかったなあ。
オーシャンパシフィックピース!(またはその略)

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2006年09月19日

台湾旅行

今年も9月に1週間の夏休みを取り、初アジアの台湾旅行に行って来ました。初日は土砂降りの雨で、MRT雙連站近くの台北のホテルから士林夜市に出て行くのがやっとでした。2日目からは雨が降ったり止んだりの天気で、少し安心しました。2日目は故宮博物院と淡水、3日目は九[イ分]、4日目からは現地の観光ツアーを利用し、飛行機(プロペラ機!)で花蓮空港まで移動し、太魯閣(タロコ)峡谷を観光したあと、七星潭で海を見て花蓮に1泊しました。5日目はツアーのミニバンで花東海岸公路を太平洋沿いに北回帰線を越えて台東縣の三仙台まで南下した後、花東縦貫公路を通って花蓮に戻り、飛行機で台北に帰りました。6日目は基隆観光、7日目は台北でmixi友達と会って台湾大学などへ行って来ました。

台湾の印象ですが、まず台北の繁華街は日本より街並みが古くて汚く田舎です。といっても信義區などはビルも綺麗で新しく高級感があり、棲み分けが出来ているのかなとも思いました。若い人もお年寄りも活気があり親切で、悪人もいるんだろうけど何だかとぼけたいい加減さが憎めない印象でした。交通マナーは最悪だけどゴミは落ちていないなど、社会のルールが日本と異なり、何か問題が起きたら自分の身は自分で守らなければならないのが気にかかります。食べ物は、魯肉飯1杯が20元(70から80円)など屋台や庶民的な店が大変安くて美味しいです。果物のジュースやかき氷も日本よりずっと美味しく木瓜牛[女乃](パパイヤミルク)や芒果冰(マンゴー氷)などがお勧めです。臭豆腐も美味しいので是非挑戦してください。街のあちこちにある誠品書店は本の品揃えも豊富で、子供向けの注音ルビ付きの本などは文字や装丁もかわいらしく、中国語の勉強にも使えそうです。

台湾での日本語の露出度には驚かされます。セブンイレブンやファミリーマートが至る所にあり、半分以上日本語がそのまま表示された商品がずらりと並びます。日本語が入っている方が売れるのかもしれません。店の看板にもマッサー「ヅ」など微妙に怪しい日本語が溢れています。「の」は「的」の代わりに頻繁に見かけますが、[de]と読むとのことで中国語化してしまったようです。日本は人気があるのでしょうが、流行れば簡体字も受け入れてしまうのではないかと何でもありな印象です。

台湾の自然は、海も山も日本より雄大です。あまりリゾート化されていない分、やや観光には不便です。軍事施設と隣り合わせというのも原因の1つでしょう。素人的な観光商売はいただけませんが、東海岸や内陸の山には素晴らしい景色が多く残されており、"Ila Formosa"(美麗島)の名に相応しい自然でした。

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2005年12月16日

シカゴ

11月末から12月初めにかけて1週間シカゴの学会に行って来ました。RSNA2005(Radiological Society of North America)という学会ですが、期間中はシカゴ市内が世界中の放射線科医だらけになるかなり大規模なものです。主なホテルは予約で一杯になり、30分おき程度に会場へのシャトルバスが運行します。

この学会の最大の問題は、この時期のシカゴは寒くて風が強いということです。最低-10℃になるという予想でかなりの厚着を用意して日本を出発。シカゴに着いた時は吹雪いていてため息が出そうでしたが、翌日から晴れて10℃位と暖かくなり拍子抜けするくらい快適でした。気温については2、3日でマイナス(摂氏)となりシカゴらしくはなりましたが、着込めば何とかなるものです。

シカゴの印象ですが、摩天楼、ダウンタウン、ショッピングストリートがありNYC風の都会ですが、観光スポットはあまりありません。湖畔の町ですが、ミシガン湖の海のような広さに大陸を感じさせられました。シアーズタワーからの夜景は素晴らしいです。今は治安は結構よいらしく夜も人が沢山外を歩いていました。WalgreensやWhite Henなどの24時間ショップが沢山あり、Starbucks Coffeeもそこら中にあるため生活に不便はなさそうです。食べ物は一般的に期待できませんが、安いホットドッグが結構うまいです。McDonaldは日本と同じで、和食店も悪くないです。いきなり行っても日本と違和感なく過ごせるような感じでしょうか。アメリカらしいと思ったのは、Policeマークの入ったSegwayに乗って交通整理をしている婦警がいたことです。

学会は規模が大きく、機器展示のブースには世界中の医療機器メーカーが出展しモーターショーのような賑わいでした。発表や講演もどれが印象に残ったという訳ではないのですが、またこの場に来て質疑などにも参加したいという思いになりました。 まずは駅前留学か…

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2005年09月26日

チェコ旅行

9月に少し遅い夏休みを取り、1週間チェコ旅行に行って来ました。「東のローマ」、「ヨーロッパの宝石」などと称されるプラハ観光が中心で、さらに電車でチェスケーブデヨビツェ、チェスキークルムロフにも行って来ました。特にチェスキークルムロフは中世の趣をそのまま残した町で、ヴルタヴァ川が町の中心をS字を描いて流れ、絵のように美しいところでした。

プラハはもう秋の気候で朝夕は寒かったです。社会主義時代から西欧化の過渡期のようで、地下鉄の足を取られそうな超高速エスカレータがガタガタうるさい音を立てていました。
若い女性にスタイルのよい美人が多いのは噂通りでした。寒いのにへそ出しファッションが流行っており、横腹がパンツの上にのっかる人も平気で短いシャツで腹を出していました。
旧市街など古い街並みが大戦で焼けずに残っており、古都の散策を楽しむことが出来ます。またヴルタヴァ川(モルダウ)の眺めは美しく、カレル橋は一度訪れる価値があります。美しい教会が多いのですが、過去の政策により信者は少なく無信仰の国民が多いのがチェコの特徴です。
食事はパンやハム、チーズなどホテルの朝食は大変美味しいのですが、チェコ伝統料理はちょっとくどいなぁという感があり、中華料理やピザに手を出してしまいました。スーパーには物があふれ、食料品を買い込んでホテルで食べるのも楽しいです。デパートの洋品売場などは景気が悪そうな印象を受けました。
プラハ市内で目に付いたのが書店の多さです。チェコ語は理解できませんが、本の数や装丁のきれいさは日本の書店にも引けを取らず、文化の町という印象でした。

プラハは社会主義から急に資本主義に移行したためか、どこかバランスの悪さを感じさせる町です。スラブ、ドイツ文化が重層的に混在し、ヨーロッパ中の観光客が訪れ、テレビにはドイツ語放送が氾濫するものの、まだ国際都市とまではいかない古都でした。チェコ人には第二次世界大戦前の先進国という自負があり、今後どう変貌していくのか楽しみではあります。
一度カレル橋を渡った人は必ずカレル橋に戻って来るという言葉があるそうです。またチェコを訪れることができるでしょうか。石畳を歩き過ぎると足が痛くなるので次は歩きやすい靴で。

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posted by mit at 03:27| Comment(2) | TrackBack(0) | travel | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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